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【事例紹介】町工場の新しいビジネスモデル:TEPCO様案件

プロローグ

株式会社小川製作所(葛飾区、代表取締役小川弘之氏)とTOKYO町工場HUBは、東京電力パワーグリッド株式会社より電力ケーブルの外導削り器補完治具の開発委託を受けて技術協力を行い、この度、試作品を完成、新規開発した技術の特許申請を共同で行い、開発した製品の量産時における製造販売を小川製作所が担うことに合意しました(2019年5月時点)。

本記事では、小川製作所とTOKYO町工場HUBが本案件を受託するに至った経緯を、現在推進している新しいビジネスモデルの理念と方法論の観点から説明し、新規製品開発のニーズがある依頼主や開発者のための事例紹介とするものです。同時に、町工場をはじめとする中小製造会社の次世代のビジネスを切り開くひとつの方法として私たちの取り組みを示したいと考えています。

まずは、本件を公表することにご同意をいただきました東京電力パワーグリッド株式会社と同社の工務部系統連系ソリューショングループの関係者の皆様に御礼申し上げたいと存じます。案件の当初の段階から私たちの思いや考えに理解をいただき、終始ご信頼をいただきましたことに、心から感謝申し上げる次第です。

TOKYO町工場HUBの理念と考え方

株式会社小川製作所(取締役小川真由さん)をパートナーとして活動するTOKYO町工場HUBは、ものづくりの新しいエコシステムづくりに取り組んでいます。ものづくりのグローバル化や技術革新、構造的な変化が進む中で、旧態依然とした町工場の仕事のやり方を打破し、依頼主側と町工場側の対等な関係性をベースにした新しいビジネスモデルをつくり、日本のものづくりの持続可能な発展に寄与することが目的です。

小川製作所は、ものづくりインテグレーターとして、分野を横断する50社以上の製造会社のネットワークを持つ先進的な町工場で、取締役である小川真由さんの優れた経営力で短期間に売り上げを5倍以上に伸ばし、メディアでも注目され始めています。2年前にTOKYO町工場HUBを立ち上げた当初からのパートナーです。

対等なパートナーとして製造に関わる

東京の町工場は、劇的な勢いで衰退を続けています。平成のはじめにピークを迎えた町工場の数は、令和の現在ではその4分1程度まで激減。グローバル化によって従来の依頼主と下請けの構造が崩れ、職人の高齢化、難しい事業や技術の承継、人手不足など、町工場はたくさんの課題を抱えながら、生き残りにしのぎを削っています。

しかし、そのような変化の時代にありながら、ビジネスの方法は昔と同じ方法を続けているのが実態です。町工場は2次、3次の下請けに甘んじ、数十年前の大量生産と継続的発注を前提とした価格設定で仕事を請け負い、経営難に苦しみながらも新しい市場を開拓することができないでいます。依頼主側も、調達の効率化の掛け声のもと、強みであった開発と製造のすりあわせや現場感覚が薄れ、結果的に高いコストを支払い、競争力が削がれる状況に陥っています。今や町工場の数が激減したことで、信頼して特定の仕事を頼める工場を見つけることさえ困難になっています。

では、私たちに何ができるか。小川さんと1年以上の長い時間をかけて話し合い、試行錯誤を続けて来ました。その結論を一言で言えば「対等のパートナーとして製造に関わる」ということです。どちらかが一方的にコストやリスクを負担したり、丸投げにするのではなく、依頼主の製品開発を目的としたパートナーとして尊重しあい、責任あるコミュニケーションを通して、相互に納得のいくものづくりを目指すべきだと考えるに至りました。

大切なことは、そのことで依頼主側にメリットがある形にすること。町工場側の都合だけでお願いするのではなく、あくまでも依頼主にメリットある提案という形にすべきという考えは、最初から小川さんと共有した方針です。

依頼主側と製造側のギャップを埋める

今の商習慣では、町工場だけではなく、依頼主側にもデメリットが多いというのが、基本的な認識です。例えば、通常の商品開発の場合、発注者側が漠然とした要求事項を提示し、仕様の詳細は受託開発や製造を担う中小製造業に丸投げするケースが多いようです。

丸投げになると、依頼主側は楽ですが、製造側は開発にかかる不確定要素をバッファーとしてコストに上乗せすることになります。

コストが高くなるだけではなく、開発段階でのコミュニケーションが不十分になりやすく、依頼主側が考えていたものと全く違うものが出来上がったり、余計なやり直しのために時間がかかったりします。結局デザイン通りのものはできないことが判明してトラブルになるケースがままあります。製造側にもこれは大きなリスクです。十分な資本がない町工場の場合、事業の存続にも響きます。

こうした課題に応えることが依頼主側のメリットにもなるはず。リスクを分担することで余計なコストを省き、開発側と製造側のコミュニケーションを改善することで、結果的により効率的なものづくりが可能になるのではないか。この仮説を土台に、新しいビジネスモデルをデザインしました。

東京電力パワーグリッド株式会社の案件

そのビジネスモデル適用の第一号となったのが、東京電力パワーグリッド株式会社(以下、TEPCO-PG社と呼びます)です。TEPCO-PG社は、東京電力グループの一般送配電を担う中核会社であり、首都圏で日本の電力供給量の3分の1の電力を供給しています。同社からの直接のご相談で、電力ケーブル接続作業における外導削りと呼ばれる工程の作業省力化と時間短縮のため、専用の治具を開発するというものでした。

電力ケーブルは、変電所から利用者へ、あるいは変電所間へ電気を届けるため、公道下などに敷設されていて、数百メートル毎に接続されています。このケーブル接続に一定の日数と人員が必要なっているのですが、人手不足の昨今でもあり、この作業の手間と時間を大幅に削減することが求められています。

外導削りとは、電力ケーブルの外部を覆う半導電層を削るもので、従来はガラスの破片を用いて削っていたものを近年では「外導削り器」を利用するようになっています。しかし、この削り器を手作業で回しているので非常に時間がかかる上、マンホール内部で作業するため様々な制約がありました。これをモーターを使って大幅な時間短縮を図り、取り付けから撤去までを一人で行うことが可能な治具を開発してほしいということが、ご依頼の趣旨でした。

パートナーとして技術協力

詳細は、ここでは書けませんが、一見単純な作業に見えますが、TEPCO-PG社のアイデアを実現するには、多くの課題がありました。実際のところ、開発段階からいろいろと試行錯誤しないと方向性が定まらないような案件です。

本件を引き受けるに当たって、当方より以下の条件を提案しました。

  1. 開発全体の請負ではなく、あくまでも技術的な部分のみ協力
  2. 請負は、最終製品が出来上がるまでを複数のフェーズに分けて、各フェーズごとに実費精算とさせていただきたい。
  3. 試作品制作に取り掛かる前に、アイデアやデザインの実効性を検証する。
  4. 特許等の知的財産権に関する調査は、依頼主側で行ってほしい。
  5. 本開発に伴う成果は基本的に全て依頼主側に所属。但し、特許申請する際には個別相談。

この条件を提案するにあたり、TEPCO-PG社のご担当者に基本的な考え方やその理由を説明し、依頼主側のメリットとデメリットについても伝えました。メリットとしては、技術面でのすり合わせを十分に行いながら進めていけること、想定外の課題が判明した場合にもスムーズに対応が可能なこと、その結果、リスクを緩和し、時間もコストも節約できること。デメリットとしては、丸投げとはならないので、依頼主側にも開発の試行錯誤にコストや時間を要する可能性があること。

大筋の考え方についてはご理解をいただきました。従来の方法とは違うため、社内で調整が必要ということでしたが、最終的に当方の条件を入れた形で基本契約を締結するに至り、開発を開始することになりました。

TEPCO-PG社と話し合い、具体的には下記のフェーズに分けて作業と責任を分担しています。

  1. 仕様の提示(TEPCO-PG)
  2. 構成案の提案、概略設計(小川製作所/町HUB)
  3. 概略設計の承認、試作開始の意思決定(TEPCO-PG)
  4. 試作設計、試作(小川製作所/町HUB)
  5. 試作設計の承認(TEPCO-PG)
  6. 試作(小川製作所/町HUB)
  7. 評価試験(主としてTEPCO-PG、小川立ち合い)
  8. 特許調査、申請(主としてTEPCO-PG、小川連名)
  9. 量産設計(小川製作所/町HUB)

実際の運営:小川さんの言葉

以下、小川製作所の小川真由さんが、本モデルを実際に運営するにあたって考えたことを本人の言葉そのままにお伝えいたします。

今回の試みは以下のポイントを実際に実証する事でもありました。

①依頼主側と中小製造業が対等なパートナーとして、リスクや役割を分担しながら開発にあたる

②中小製造業側は技術的なリソースを提供し、開発プロセスを概略設計や試作などのフェーズに分け、それぞれのフェーズで発生した作業費用などの実費分のみを請求する

この中で本件を進めるにあたっては、初めての試みならではの気付きも多く得られました。

まず、このビジネスモデルでは、依頼主側には実際にかかった費用のみをご負担いただきます。上述のように余分なバッファーを上乗せしないため、ミニマムコストでの開発を実現できると考えるためです。逆に言えば、技術検討や打合せ、図面作成など、今まで発注者側からすればコストとして認識していなかったような部分も、細かいフェーズに分ける事で明示的にご負担いただく事になります。

このような技術作業等のコストについて、ご担当者様にはしっかりとご納得をいただけたのですが、一方で会社内では理解を得難いというのがよくわかりました。

技術作業はエンジニアが時間をかけて行いますので当然コストのかかる行為です。要求事項の変更などがあれば、技術検討に要する時間(=コスト)も増大します。対等のパートナーとして考えるならば依頼主側がこういった作業の費用負担をするのは当然と思います。

しかし依頼主側と私達が対等のパートナーであるという主張は、会社規模が大きくなるほど受け入れにくくなるのでしょう。発注者側は開発費というまとまったお金を出すのだから、その中で追加的なリスクや手間は全て受注側が負うのが当然だ、という意識が働くのは十分理解できます。

ただし、受注側が必要以上にリスクや手間を負うのが当たりまえという今までの慣習が、ここまで中小製造業の衰退を招いた一因である事は否めないところでしょう。このビジネスモデルを今後の製品開発のスタンダードの一つとしていければと、思いを新たにするとともに、早い段階から依頼主側の会社的なコミットを得る事が重要であることを認識いたしました。

また、実際の開発がスタートしてからは、TEPCO-PGの皆様には大変前向きな協力体制を構築いただきました。特許関連や評価試験など、技術作業以外にリソースや知見が必要な部分については、主体的に担っていただきましたので、私達は技術作業に集中でき、短期間で概略設計→試作設計→試作→評価試験→量産設計と一連のプロセスを進める事が出来たのです。

あくまでも私たちは技術的な部分の協力のみをさせていただき、開発の旗振り役は依頼主側で担ってもらうというコンセプトがうまくはまった、という感覚でした。

スムーズな開発を進められたもう一つの要因は、概略設計の段階から3D CADを活用して、依頼主側とイメージを共有できた事です。3D CADによる立体的な製品の外観や機構等を、詳細な試作設計の前に概略設計結果として提案させていただきました。そうする事で、大まかな寸法、重さ等も共有できますので、開発の方向性や課題等を早期に、より具体的に共有できたと思います。方向性が異なれば、その時点で方向転換ができますので、お互いに負担を少なくできます。

例えば、製品を軽量化するために肉抜きをするかどうか、という点が課題となりました。肉抜きをすると、数百グラム軽量になる代わりに製作費用は増大します。肉抜きをしなければ、軽量化は図れませんが、製作費用は安く済みます。どちらにするか、具体的なコストインパクトを提示しながら、依頼主側に選んでいただく事にしました。このように、設計の段階で選択肢を提示させていただき、依頼主側に選択してもらう、というアプローチをとる事で、最終製品の仕様のミスマッチを解消し、開発リスクを低減できるという事を実感しました。

また、私自身がインテグレーターとして顧客要望を聞き、設計し、部品を手配し、組立を行います。開発段階でこのようなシームレスな対応ができる事が大きなメリットとなると実感しました。社内的な情報伝達作業が発生しない事で、依頼主側との打ち合わせで得られたリアルなイメージをそのままスピーディに設計に反映できたためです。一方で、このような取り組みを複数同時並行で進める事は、一人の人間の負荷が大きく限界がある事も痛感しました。複数プロジェクトの同時並行、大規模プロジェクトの受注にも活かせるようにアプローチ方法を一般化していく必要性を課題として認識しました。

上記のように、一つの成功事例として本記事を公表できたことは、私たちにとってはとても大きな一歩で、喜ばしい事と考えています。依頼主に対して、中小製造業がダイレクトにリソースを提供して共同開発を進めるという、一見普通なことのようですが、過去にほとんど事例の無い事を、自分たちの掲げたアプローチ方法で達成できたのです。

例えば設計専門の企業に設計だけを依頼し、試作専門の企業に試作だけを依頼し、量産専門の企業に量産検討を依頼して、と個別に進めていたとしたら、期間もコストも膨大になっていた事と思います。直感的ではありますが、今回のアプローチによって、開発の期間、コストともに数分の一程度に圧縮できたのではないかと考えています。

私は、このようなアプローチによる製品開発が活発になればと願って止みません。世の中が目新しく魅力あるプロダクトで溢れるような、活気ある姿に変貌し、その中核として中小製造業が大いに活躍する未来像を夢に描いています。

また、このようなアプローチは製品開発に限った話ではないと考えます。部品製作や受託加工など、製造業のあらゆるシーンで、依頼主側と中小製造業が対等なパートナーとしてリスクや役割を分担する、というパラダイムチェンジが起こっても良いのではないかと考えます。この記事がその一助となれば幸いです。

エピローグ

本件は技術のマッチングという次元にとどまらず、ものづくりにおける開発と製造の関係性を見直す点に本質的な意味があります。このモデルを実行するためには、技術に関する幅広い知見や経験、製造業に対する理解、分野を横断するネットワークが必要で、何よりも依頼主側と製造側の信頼関係が大事になり、誰もが同じようなモデルを実施できるわけではないと思いますが、町工場のビジネスモデルのひとつとして参考にして頂ければと存じます。

依頼主側にもものづくりに対する一定のコミットを求めるものですので、丸投げで済ますことはできません。しかし、総合的に見ればコストやリスクを抑えつつ、社内に製品や製造に対する理解が進むことで、新たな製品開発にも生かされるメリットがあると考えます。

小川製作所とTOKYO町工場HUBでは、第一号となったTEPCO-PG社に続き、大手企業や先進的なベンチャー企業の案件も同様のモデルで請け負っており、どれも非常にユニークで面白い案件です。守秘義務契約があり、現時点ではお伝えできませんが、開発した案件が世に出る機会に改めてお知らせしたいと思います。