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試作は仮説検証の一方策である

試作は悩ましい

TOKYO町工場HUBでは、日々、ものづくりを必要とするアントレプレナーや企業の経営者と、製品開発や試作、量産の取り組みを町工場の仲間たちと行っています。アクセサリーを作りたい、雑貨を製作したい、機械や設備を新たに開発したいなど、多種多様な分野から多くのご相談を受け、それそれのニーズに向き合っています。

新しい製品を開発するにあたって、試作(プロトタイプづくり)は重要なステップです。しかし、慣れないうちは試作に取り組むこと自体が難しく、壁に感じる人も多いと思います。「とりあえず作ってみよう」という意気込みや姿勢はあっても、どこにどうやって試作を依頼したら良いかわからず足踏みしている人がいます。「試作したはいいけれど。。。」と次のステップに前進できず迷っている人も少なくないようです。かと言って、無闇にお金をかけて突進していくのもリスクが大きい。

試作のコスト

試作に関しては、コストについて悩んでいる人も多いと思います。「試作費にいくらかかるのだろうか」と想像すると怖くて一歩を踏み出せない。工場に相談しても相手にされないかもしれない。そうした恐れや遠慮は、あながち杞憂ではなく、現実的な壁となって立ちはだかります。試作にはおそらく想定以上のコストがかかる可能性があり、戦略的に進めていくのでなければ費用は増える一方になります。試作は工場にとっても、時間と手間かかる仕事となりますので、中途半端な依頼では引き受けてくれないでしょう。

そうした悩みを抱えるアントレプレナーや企業の経営者から相談がある時、私たちはできるだけ考えやすい大きさに問題を切り分けて、課題解決の要否や優先順位を話し合い、順序立てて試作を進める準備に十分な時間を使います。

わかりやすいので、アクセサリーの製作の事例で説明しましょう。

Aさんが自分のデザインしたアクセサリーをカタチにしたいと考えて相談に来ます。そこで第一に私たちが行うことは、この作品を作るための諸条件を理解することです。つまりどういう上代(売値)で本作品を商品化し、販売するつもりなのか。どれくらいのコストをかけて、どれほどの数量を生産したいのか。デザイン上、どこにこだわりを持ち、それらの優先度はどのような順番になっているのか。

たかが試作をするのに、どうしてこんな情報が必要かと不思議に思うかもしれません。しかし、こうした条件を理解せずに進めた場合、双方が行き詰まるケースを多く見かけます。私たちも十分な準備を怠ったために失敗した体験を(恥ずかしながら)何度もしています。

なぜなら、ビジネスの前提が異なれば、方法論も異なるからです。間違った(あるいは委託者と受託者の意図が食い違ったままの)前提で進められた方法では、意図していた結果がでません。このような場合、後からギャップを解消するのは困難なことが多いです。結果的に双方が疲弊し、経済的な打撃にもつながりかねません。

トレードオフを考える

試作段階では売るイメージは持てないという理屈は、一見、正しいように思えます。どれくらいの値段で売れるかは、実際のところ、やってみないとわからないということも事実です。しかし、ビジネスを行うにあたっては、常に「トレードオフ」を考える必要があります。

私たちが行うことの全てに人と時間とお金が関わりますが、それらは有限です。何かを得ようとすれば、何かを諦めなくてはなりません。ものづくりについては「トレードオフ」を随所で判断する必要性があります。メルセデスのような高級車を大衆車のコストでは作れませんし、大衆車を高級車の価格で販売することも現実的ではありません。

アクセサリーの場合、例えば磨き(研磨)の水準次第でコストが大きく異なります。しかし、コストをかけたからといって、単純に価値を販売価格に転嫁できる訳ではありません。例えば真鍮製のアクセサリーに、最高級の磨きをかけたところで、価格を大きく上げることはできないかもしれません。一方、金やシルバーであれば、磨きの良し悪しに応じて上代を引き上げることができるかもしれません。仕上げのイメージとコストと売値などの要素をトレードオフにかけて、方向性を判断していくことになります。

試作は仮説検証の一方策

試作段階においても、ビジネスの「仮説」を立てる必要があるということです。上記の諸条件は、確かに実際に製品を作って販売しないとわからないものでしょう。しかし、わからないことを前提に、わからない段階で製品開発を行うには、できる範囲で持っているイメージを明確にし、妥当だと思う仮説を立て、その仮説を検証するための手段を順を追って行って行かざるを得ません。

そうでない方法は、ギャンブルにしかならないのです。

試作は、そのような仮説検証の一つの方策です。仮説検証の一方策だと位置づけた限りにおいて試作することが有効となります。

試作はしたがって、失敗することを一つの結果として想定しています。やってみたら想定とは違ったということがよくあります。そもそも仮説の前提が間違っていたことに気づくことも。こうした「失敗」は、確かに苦い気持ちになります。しかし、決して「悪いこと」」ではありません。リスクを特定し、仮説の有効性を検証できた点で大きな成果なのです。

前述のアクセサリーの例で言えば、狙った価格帯に見合う表面の輝きが欲しいと作家が考えたとします。この場合、磨きを数種類のレベルで試してみるというテストをしてみます。磨き職人が手作業で磨くのと、バレル研磨のような機械で磨くのとでは、出来上がりに随分と差が出るからです。コストをかけるだけの価値が生み出せるか実物で試します。頭で描いていたものと違った結果になることも珍しくありません。コストをかけても磨きの差が出なかったり、逆に簡単な方法で期待していた効果(表面の輝き)が出ると言ったことも。

検証する要素の優先順位を決める

試作する上で、考えておきたいのは、検証したい仮説の諸要素の優先順位です。特に、それぞれの要素が依存関係にある時に大事です。つまりAという要素が検証されて初めてBという要素が成り立つ可能性が出てくるといった場合です。その場合、AもBも同時に検証するのは、あまり合理的とは言えないケースが多いです。

例えば、ある新構造の椅子を考えた場合、まずは座って潰れないかという基本構造についての検証があり、その上でその他の機能なり、デザインが順番に検証されていくことになります。全てを織り込んだ試作品を作ったとしても、座ることができないのであれば他の機能等にかけたコスト(特に時間)が無駄になる上に、何が原因で潰れたのか特定が難しくなることもあります。

試作による仮説検証の方法は、それ自体がクリエイティブ・マインドを必要とするものです。いかに最小限の資金と時間で特定の仮説を検証することができるのか。その工夫には創造性が求められ、工夫そのものに実は価値があります。それらのアイデアに対する技術的なアドバイスは、工場側でもできるはずです。

まとめ

仮説検証は、ものづくりのビジネスだけに当てはまるものでは、もちろんありません。サービス事業の仮説検証こそ、アントレプレナーの創造性が発揮されるところでしょう。

次回は、試作にかかるコストについて具体的に説明したいと思います。どういう内容のコストを想定すれば良いのか、それはどれほどの金額なのか。それに対してどういう基準で判断をしていけば良いのかといったあたりをお伝えします。

まとめ

  • 新製品開発を進める場合、まずは対象とする顧客層の属性、製品の仕様、販売価格、販路、予算、費やせる時間などの諸条件を仮説として立ててください。
  • 試作を行う場合、上記の諸条件に対する認識を工場側ともよくすり合わせてください。
  • 工場やエンジニアのアドバイスを引き出し、検証すべき仮説の諸要素を明確にし、優先度に応じた順番をつけて検証すること。