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職人はいつから一人前になるのか

 

職人が一人前になるということ

 

テレビなどのメディアで、よく「匠」という言葉を聞きます。古くは木工職人を指すものでしたが、今は優れた技術者や伝統職人などを称して広く使われています。「匠」という言葉そのものには本来特別な意味はないのですが、私は「匠」という言葉にまつわる昨今のイメージの持たれ方に少し違和感を持っています。

確かに優れた職人の技は美しいものです。人々がその美に触れて賞賛することは、自然なことでしょう。また職人も自分の技術に誇りを持って仕事をすべきことは言うまでもありません。しかし、それを「特殊な技巧」や「才能」といった括りで特別視したり、過度に美化することには、製造の現場でものづくりに当たっているものからすると、どこかずれている感じがしてなりません。

なぜなら、技術者・職人とは、特殊な技巧や才能を持つことではなく、基本を忠実に、正確に、地道に積み上げていくことで、初めて一人前になるものだからです。そのような日々の積み上げの先にはじめて、技術が磨かれ、人が容易に真似のできない高い技術力が付いてくるのだと思います。

では、職人が「一人前」になるとは具体的にどういうことでしょうか。

 

一人前になるための関門

 

どの段階で職人が「一人前」と呼ばれるか。型抜き加工で習得すべき技術は多岐に渡りますが、  中でも一人前になるための高い関門となるのが「跳ね出しスポンジ」の作業です。これは、型抜き加工においてとりわけ難しく、また一番面白い技術のひとつです。

通常、型抜きの発注を受けると、まずは仕様に合わせた抜き型を制作します。この抜き型は、抜き型づくり専門の事業者に作ってもらいますが、この時に出来上がってくるのは、基板となるベニヤ板などに打ち抜き用の刃が取り付けられたものです。しかし、このままでは正確かつ継続的な打ち抜き加工ができません。打ち抜いた製品が刃の中に食い込んでしまうからです。

そこで、型を作って最初にする作業が「跳ね出しスポンジ」を入れる作業です。跳ね出しとは 製品が型の中に食い込んでしまうのを防ぐために型の中にスポンジを入れて製品を跳ね出すことです。 実は、この跳ね出しスポンジの入れ方が 本当に難しいのです。

 

跳ね出しが出来るようになったら一人前

 

跳ね出しスポンジが少ないと 当然型の中に食い込んでしまい作業性が悪くなります。 では多く入れておけば良いのかというと、それはそれで問題です。製品によっては跳ね出しスポンジの入れすぎにより製品寸法が変形してしまう恐れがあります。

また、跳ね出しに使うスポンジは どんなものでも良いのかというとそれも微妙に違ってきます。 商品の状態をより良い状態に保つためには、柔らかいスポンジの方が良かったり、硬いスポンジの方が合っていたりと、これはもう実に様々です。

ある時は 跳ね出しスポンジの表面を削って跳ね出しの強さを調整したり スポンジ表面を滑るように工夫してみたり、2種類の強さの違うスポンジを組み合わせて跳ね出してみたりと、この技術と経験は実際に製造現場で積み上げなくては、絶対に上手くなることはありません。

「跳ね出しが出来るようになったら一人前」これが父の口癖です。 型抜き加工で一番難しい跳ね出し技術。素材や形状によっていろいろ工夫をしながら製造しています。

 

技術の習得にはゴールはない

 

私は高校卒業後、夜間大学に通いながら昼間は製造現場で一から技術を学んできました。それから25年経ちますが、やっと技術者として一人前になってきたかどうかといったところです。 父は50年以上型抜き一筋で仕事をしてきていますが、今でもまだまだ分からない部分が多いと言っています。技術の習得にはゴールはありません。これからも新しい挑戦を続けたいと思います。

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