良い町工場を構成する5つの条件
良い町工場とは
良い町工場とは何でしょうか。
Tokyo町工場Hubでは、次世代の「良い町工場」を以下のように定義しています。
その工場と仕事することが、企業の価値向上につながる町工場
単に製品やサービスを提供するだけでなく、委託する側の企業価値を向上させる本質的な魅力と強みを持った町工場こそ、次世代で生き残っていく「良い町工場」の姿であると考えています。
もちろん、バブル崩壊やリーマンショックなどを経て、激しい競争と淘汰の中を勝ち抜いてきた町工場は、それだけでも強みや魅力がある証であると考えても良いのかもしれません。しかし、町工場を取り巻く事業環境は絶え間なく変化しており、今まで通用してきた方法がそのまま通用するとは限りません。強みと思っていたことが、逆に仇となることも考えられます。
なぜ良い町工場が必要なのか
ではなぜ「良い工場=その工場と仕事することが、企業の価値向上につながる町工場」が、これから必要になるのでしょうか。
一つには、今後は町工場も一定のブランド力を持つことが欠かせなくなるからです。今までは、商社や大口顧客(お得意様)の下請けとして、ある程度の量の仕事が継続的に入ってくることが見込めました。しかし、今や国内製造の需要は減り、これからもお得意様に頼るだけでは仕事が先細りすることは目に見えています。
一方、企業側においても、今後、AI(人工知能)などによる作業の自動化の進展や、3Dプリンターなどの付加製造技術の普及により、機械が人間の作業を置き換えていく範囲がどんどん広くなっています。そうした中で、町工場を選別する基準が一層厳しくなっていくでしょう。
二つ目には、消費者やユーザが、サプライチェーンの隅々まで注目するようになってきていることが挙げられます。委託側のオペレーションがどれほど立派でも、材料や部品のサプライヤーに問題があれば、それは即自社ブランドに影響します。
無名の下請けで済まされる時代ではなくなっており、企業にとっても良いパートナーを選択することは重要な戦略課題になっています。
三つ目は、人材の確保が非常に難しくなってきていることです。単純作業が機械に代替されていく一方、高度な機械を管理できる人材が不足しています。
町工場は大企業に比べて人材確保が難しい上に、工場では高齢化が急速に進んでおり、若い人材を惹きつける価値がない町工場は淘汰されていくでしょう。
良い町工場の条件
では、「良い町工場」の条件とはなんでしょうか。
まずは前提条件として、技術力があり、納期を正確に守り、コストが安いことでしょう。日本の町工場は、この条件を世界で最も高い水準で満たし、高度経済成長期以来の日本の製造業の礎を支えてきました。もちろん、こうした要件は今後も大事なことは言うまでもありません。
しかし上記で説明した通り、これだけでは不十分な時代になってきています。「品質の良い製品を、時間通りに、安く」というだけでは、これからの激しい競争で生き残ることができません。
TOKYO町工場HUBでは、次世代の「良い町工場」を構成する条件として以下の5点を挙げています。いずれも当たり前のことに見えますが、人材が少ない町工場において、これらの条件をきちんと満たすことは決して容易ではありません。
- 安全を第一にすること
- 価値に見合った価格を提示できること
- 従業員の生活を大切にすること
- 若い人材を育てること
- 好奇心があること
私たちが、国内外の技術者や研究者と繋げたいと考えている町工場は、いずれも上記の条件を満たしている(あるいは満たす努力を真摯に行っている)町工場です。
以下、それぞれの条件について簡単に説明します。
条件1:安全を第一にすること
何を第一優先にするかは、企業の経営理念の根幹につながることです。業種や事業環境によっても異なります。各社のパンフレットには、顧客第一、品質第一、価格第一といった言葉を時々見かけますが、町工場が「工場」である以上、「安全第一」は譲れない条件です。
町工場の昔気質の職人には、「怪我は職人の勲章」と考える人もいると聞きますが、有限会社精工パッキングの平井社長は「それは単に技術力が不足しているだけ」と切り捨てます。昔の町工場では怪我が多く、指がない人も多かったとのこと。同社では創業時から安全を第一に掲げ、「問題があれば、まず逃げる」を従業員に徹底し、1961年の創業以来、一度も大きな人身事故を起こさずにきています。
安全を第一にするという当たり前のことを当たり前にできる町工場と取引することは、それだけでも企業の価値向上に貢献していると言えるでしょう。
条件2:価値に見合った価格を提示できること
価格の決定は、経営の核心です。自社のもつ価値に見合った価格を提示することは「良い町工場」の重要な条件です。グローバリゼーションの進展により、町工場は単価の安い海外との競争を余儀なくされてきました。中には採算を度外視してでも、案件を獲得せざるを得ない町工場もあり、適正な利益を確保することは難しいのが現状です。
しかし、これからの町工場は自社の市場における価値をきちんと把握し、価値に見合った価格を提示する能力が必要です。安易に単価を下げるのではなく、適正な利潤を確保することが求められます。
従来の取引の歴史があり、簡単なことではありませんが、それぞれの町工場が努力して行かなければなりません。今後、町工場は高齢化に伴い、数は更に減少していくことが見込まれます。きちんとした技術力をもち、顧客の要請に対応できる町工場は、今後、その価値を高めることができるはずです。
条件3:従業員の生活を大切にすること
工場の従業員というとチャプリンの「モダンタイムズ」に出てくるような歯車として働く没個性的なイメージを想像するかもしれません。しかし、当たり前ですが、それぞれが固有名詞を持っており、一人の生活者として生活しています。
受託製造を主流にする現在の町工場は、機械の稼働率を上げ、価格を抑えることで売り上げを増やしてきました。これは町工場における有効なビジネスモデルに違いありませんが、一歩間違えると過剰な労働時間やサービス残業を従業員に強いることにもなりかねません。これでは、従業員の士気を落とすだけでなく、安全面のリスクも抱えることになります。
前述の平井社長は「プライベートの時間があっての仕事」と語り、朝元気に出社して集中して仕事に取り組むことが、結果的に効率と安全を高めるという考えです。同社では残業を一切禁止し、離職率0パーセントという驚異の実績を上げています。
条件4:若い人材を育てること
高齢化が町工場で急速に進んでおり、今後5年〜10年の間に、後継者不足のため、多くの町工場が廃業を余儀なくされる恐れがあります。そのため、社内に若い人材を育てることが喫緊の課題ですが、実際には非常に難しいのが実情です。町工場を就職先と考える若い人は少なく、海外からの労働者に頼らざるを得ない現実もあります。
一方、きちんと若い人を育て、やりがいのある責任を与え、次世代を築いている町工場も出てきています。葛飾区の町工場では、20代の若者でも実力を認めて工場長にしたり、若い女性をチーフオペレーターにしたりと地道な努力を積み重ねるところも現れています。また、学生向けに工場見学を企画したり、対話する機会を作って、ものづくりの魅力を伝える積極的な取り組みも始まっています。
条件5:好奇心があること
上記に挙げた4つの条件と少し異質ですが、これからの時代を生き抜く町工場の特質として大事なものであると考え、あえて挙げました。多くの町工場を訪問したり、経営者と話したりすると、好奇心のある人とない人の区別が案外はっきり分かります。
好奇心のある経営者は、新しいことにオープンです。まずは聞いてみよう、試してみようという姿勢があり、その上で判断しようとする謙虚さがあります。その結果、広い視野を持つことができ、新しい組み合わせや新しいつながりを発見し、ビジネス機会を増やしていくことができます。
一方、好奇心が少ない経営者は、新しいことは苦手のようです。慣れた環境や慣れた方法から抜け出すことに、大きな抵抗を感じているかのようで、時代の激しい変化に戸惑いを覚えながら、足踏みしているところも見受けます。
町工場の強みは、その機動力にあります。技術革新や市場の変化に対し柔軟に対応するには、町工場の経営者も好奇心を積極的にもち、新しいことにチャンレンジすることが求められています。
まとめ
ここまで企業側から見た「良い町工場」の条件を挙げてきました。いずれも当たり前といえば、当たり前の要件ですが、なかなかその当たり前を実現できているところを探すのは、難しいかもしれません。
TOKYO町工場HUBでは、上記の観点から評価した「良い町工場」を厳選しながら、外からはわかりにくい町工場の内容をできるだけ情報発信したいと考えています。こうした町工場とのマッチングが増えていくことで、町工場全体の向上に少しでも貢献できればと願っています。