ねこのこたわし物語 #1

サガラたわしとの出会い

サガラたわしと出会ったのは、今から3年半ほど前、新しい事業構想を練っている頃でした。

ふとしたきっかけで葛飾区の伝統産業会館を訪問することになり、その展示スペースを覗いていました。会館では葛飾区の錚々たる伝統職人の作品が所狭しと並んでいて、どこを見ても楽しい場所です。印伝や銀製食器、木工や型彫り、江戸切子や包丁など、デパートではさぞ高い値段であろうと思うような作品が惜しげもなく展示販売されています。

そんな中に慎ましやかに並んでいたのが、棕櫚製のたわしでした。たわしのような日常の製品が、伝統産業の展示室に並んでいるのは不思議でしたが、ふと気になり、手にとってみました。それが全ての始まりでした。

触った瞬間に「これは何か違うぞ」という直感がありました。今まで持っていた「たわし」というイメージとは随分異なるものです。一般のたわしとは見た目も感触も全く違う。感触は弾力性のある「しなやかな柔らかさ」と言ったら少しは伝わるでしょうか。何とも言えない触り心地です。繊維の密度も非常に濃く、硬い繊維がゴツゴツしている市販のたわしとは全く異質ものです。

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サガラたわしの佐柄さん

思い立ってレジへ行き、「これは一般のたわしと随分品質が違うようだが、どういうモノなのか」という趣旨の質問をしたところ、驚いたことに作っている職人さんが当番で来ているから紹介すると仰るのです。それがサガラたわしの社長である佐柄真一さんでした。佐柄さんは、小柄で語り口の静かな人ですが、強い目力があり、その手は分厚く黒く、まさに職人の手をされています。一目で好感を持ちました。

このたわしは何が違うのか、といった質問から始まり、佐柄さんから丁寧に説明を受けました。聞いているうちに、いよいよ興味が湧き、あれやこれやと聞いているうちに佐柄さんの話にも熱が帯び、あっという間に2時間も立ち話をすることになりました。

たわしの話題で2時間も話すとは!と訝しく思う人もいるかもしれませんが、ともかく話が尽きません。材料の話や作り方、たわしの歴史や市場の変化まで、知らないことばかりで、本当に面白いし、ワクワクします。この気持ちは、その後に何度もサガラさんの工房でたわし作りの現場を見て、話してきても決して褪せません。ものづくりの世界の奥深さや面白さをここまで感じたのは、この時が初めてでした。

失われつつある伝統

一方、良いたわしを使う日本の文化が失われつつあり、それを作る職人さんの数も激減している状況も教えてもらい、何かとてももったいない気持ちになりました。海外製の低価格品が席巻し、品質の悪いたわしが出回り、伝統的なたわしの良さを知る機会がなくなってきているのです。たわしと言えば、百円ショップで売っている安物で、ゴツゴツして、すぐに繊維が抜けて、使いづらいもの、というのが世間の相場になってしまったのです。

技術の革新によって自動車が生まれ、移動手段の主流であった馬車がなくなり、その産業が廃れてしまったことは理解ができるし、納得もいく。しかし、十分に現在でも価値あるものが、大量生産大量消費の市場の論理で失われていくことは、本当に必然なのでしょうか。それには素直に納得できない疑問を感じるのです。「悪貨は良貨を駆逐する」とはよく言ったものですが、その論理には「はい、そうですか」と単純に受け入れられない気持ちがあります。

価値あるものに新しい息吹を吹き込む

センチメンタルに、そう思うだけではないのです。私は、ファイナンスのスペシャリストして、また起業家として、国内外の多種多様な業種や分野でのビジネスに関わり、その推移を見てきました。あらゆる面で技術革新が進み、グローバリゼーションが展開し、人々の社会や環境に関する意識の変化が広まる中で、今まで信じてきた経済やビジネスのあり方に大きな転換期がきていることを体験的に感じています。豊かさや幸せの意味も、人々のライフスタイルも以前とは大きく変わりつつあります。

そのような変化の中で自分のなすべきこと考え続け、私は一つの結論に至っているのです。これからは、価値あるものに命を吹き込むことが、ビジネスに関わる全ての人を幸せにする。そして、その主人公は、小さな企業であり、個人である。その新しいダイナミックスをデザインすることが、自分の使命である、と。その思いが、TOKYO町工場HUBの事業を貫いています。

佐柄さんのたわしを触った時に感じた直感が、今に至るTOKYO町工場HUBの事業展開に繋がったのですから、ご縁というのは不思議なものです。しかも、その時にたまたま会館の当番をしていたのが、佐柄さんだったのも運命的と言えば、少し大袈裟でしょうか。今、振り返ると、そうとしか思えません。

しかし、佐柄さんと具体的なビジネスになるのは、そこから3年後です。ずっと何かをしたいと思い、継続してお付き合いを続けてきましたが、ビジネスにするには私の準備が足りていませんでした。3年の試行錯誤、修行の日々を経て、ようやくその時が来たのです。佐柄さんのたわしに、新しい息吹を吹き込む用意ができました。

ねこのこたわし

ねこのこたわしは、伝統的な手法を守り、ひとつひとつ手作りで製作されている棕櫚製の伝統たわし。棕櫚の繊維の選定を丁寧に行い、厳選された繊維を贅沢に使って作り出しています。触ればすぐに分かる高い品質。繊維の密度や柔らかさは格段に良く、東京の高級料亭の板前さんなどに長年愛されてきました。

TOKYO町工場HUBでは、上記の背景を踏まえ、料理研究家の大瀬由生子先生と木版画家の大野隆司先生のご協力を得て、棕櫚製たわしに新しい角度から光を当てて、失われつつあるたわし文化の伝統を盛り返し、成長性のあるビジネスを生み出すことに取り組んでいます。そして生まれたのが「ねこのこたわし」。今、知る人ぞ知る、静かなブームとなっています!