TOKYO KEYBOARDプロジェクト #4

アクリル板を染めるという冒険

アクリル樹脂の筐体に色をつけることができないか。できればグラデーションをつけたい。そんなアルビンのつぶやきから、アクリル着色の試行錯誤が始まりました。色をつけるというような作業は、ともすると単純な話に聞こえますが、やってみると簡単には行かないのです。ただ、この工程が製品の価値を大きく左右するであろうことは、よく分かっていました。

ミユキアクリル
ミユキアクリルさんの色とりどりの製品

着色のための様々な手法

アクリルに着色すること自体は、決して珍しいことではありません。実際、足立区のアクリル加工の老舗ミユキアクリルさんには、7000種類を超える色とりどりのアクリル板が揃っています。アクリル板の制作段階でアクリルに着色料を溶かし込むことで、自由自在にデザインすることが可能なのです。

しかし、アクリル板の厚さが障害でした。Tokyo Keyboardの筐体に使用するには、一般のアクリル板では薄すぎるのです。筐体には10mmが必要なところ、ミユキアクリルさんの扱うものは8mmが最大でした。

10mmの色付きアクリル板を作れば良いということになりますが、このようなアクリル板は手作りで制作されており、10mmを制作するための設備や治具を用意するだけでもコスト面で非常に単価が高くなります。

ミユキアクリル
アクリルについて説明するミユキアクリルの小沢会長

後から着色する方法として、塗装があります。アクリルを塗装するためのスプレーや下地用の塗料なども市販されています。しかし、作業工程が多いのと、塗装ではせっかく磨いたアクリルの透明性やサンドブラストした表面の美しさを消してしまいます。また、グラデーションをつけるには手間がかかり、非常に難しい作業になります。

もう一つ、色を表面に印刷するという方法があります。UVインクジェット印刷でアクリル板の表面に色をつけることが可能です。これは看板制作などで一般的に使われる有効な方法ではありますが、表面が平らである必要があり、Tokyo Keyboardの筐体のように切削加工で凹凸があるものには適しません。また、アルビンが欲しい「色から透明」にというグラデーションを印刷では表現できません(「色から色へ」のグラデーションは可能)。

戸谷染料商店という希望

万策尽きたように感じましたが、最後にアクリルを染めるという手法を検討しました。ミユキアクリルさんに伺ったところ、キーボードの筐体のような大きさのものを染める設備や技術を持っているところは知らないとのことでしたが、アクリルを染める染料を開発している戸谷染料商店さんに当たってみてはどうかとのアドバイスをいただきました。早速ホームページからコンタクトを取り、ご相談することになりました。

対応を頂いたのは、同社の専務取締役の戸谷岳信さんでした。突然のことにも関わらず、気さくに相談に乗って頂き、まずは試作をつくるための実験をしていただくことになりました。アクリルを染める染料は、祖父が開発されたものだそうで、以前は自社でアクリルを染める作業も請け負っていたそうですが、今はやっていないとのこと。その技術を復活させるための試行錯誤に取り組んでくださるということでした。

株式会社 戸谷染料商店

戸谷染料商店は、1931年に塗料の製造販売を目的として、滝野川(東京都北区)にて創業。現在は、浅草に本社を置き、染料・顔料事業と共に印刷事業などを手掛けています。 常時、1万点以上の商品を取り扱っています。製品の製造加工・出荷に至るまで、「誠実・迅速な対応・グローバルな視野と綿密な配慮を」それが戸谷染料商店の原点であり変わらない基本理念、とのこと。

ホームページ:https://toyas.co.jp/

戸谷染料商店
株式会社戸谷染料商店の戸谷岳信専務取締役

サンプルでの実験

実験用に、製品と同様、サンドブラストをかけたアクリル板を用意して戸谷さんに送付、しばらくして実験の成果が上がったとの連絡を受けました。同社を訪問したところ、美しく染め上がったサンプルが揃っていて、一同大感激。すると戸谷さんは染色実験の様子を実際に再現してくれるとのことで、更に興奮度が高まりました。

美しく染め上がったサンプル

ビーカーの中で熱された染料の中に、アクリル板を一定の時間浸すことで染めます。染めの濃さや、全体の割合を計算しながら、グラデーションを仕上げていくのです。理科の実験のようであり、料理やアート作品をつくるようでもありました。戸谷さんは、作業で手を動かしながらも、一つ一つの工程や仕組みを丁寧に説明します。染め上げた染料の色が剥がれないかのテストを行い、また直射日光に弱い性質などについても、細かに解説してくれました。戸谷さんんのプロフェッショナリズムと新しい創造への情熱には脱帽する他はありません。

最後にアルビンの求めるグラデーションのイメージを決めて、次は実際の筐体を染め上げて試作品の完成に向けて準備を進めることになりました。

染料にアクリル板のサンプルを浸す

試作品の完成

試作品用の染めの最終工程は、アルビンが立ち会い、戸谷さんがその場で実験をしながら、リアルタイムで作り上げていくことになりました。大きなキーボードの筐体を染める作業は、様々な点で小さなアクリル板を染める作業とは次元が違う難しさを伴います。大量の染料の溶液は、一斗缶の中で熱され、そこにキーボードの筐体を浸しました。ガスを吸い上げる換気ホースをセットして、まさに手作業で行われます。

難しいのは、キーボードの筐体が上下に分かれた2つの部品のセットになっていることから、同時に染料の溶液の中に浸す必要があることです。試作段階では手作業で行いますが、量産時には何らかの治具を用意するとのこと。

戸谷染料商店
染料にアクリル板を浸す
染料にアクリル板を浸す

用意した試作用のパーツのセットを1セットずつ浸し、染料の温度、染めの時間、浸す割合などを見極めます。実験の結果をノートに書き出し、出来栄えを評価しながら、グラデーションの方向、色の濃さやグラデーションの割合などを決めていきました。

戸谷染料商店

最後に一番イメージに合うセットで、キーボードを組み上げてみました。出来上がった完成品は、まさに息を呑むような美しさ。東京のものづくりのストーリーを詰め込んだ製品として、素晴らしく魅力的な製品に仕上がりました。

野球で言えば、苦労に苦労を重ねて出塁した走者たちを、最後の長打でホームに返してくれたようなものです。これには、アルビンや関係者一同も大感激。戸谷岳信さんはじめ、戸谷染料商店の皆様のご尽力には、心から感謝致します。